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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2067号 判決 1978年5月29日

昭和五一年(ネ)第二〇五七号事件被控訴人

同第二〇六七号事件控訴人(第一審原告)

桑原辰之助

昭和五一年(ネ)第二〇五七号事件被控訴人

同第二〇六七号事件控訴人(第一審原告)

小林義男

右両名訴訟代理人

新寿夫

昭和五一年(ネ)第二〇五七号事件控訴人(第一審被告)

稲本信正

昭和五一年(ネ)第二〇六七号事件被控訴人(第一審被告)

徳間直三郎

右両名訴訟代理人

渡辺文雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

第一審被告両名は、第一審原告桑原に対し、各自金二二八万五、八五〇円及びこれに対する昭和四九年三月一四日から、支払済に至るまで年六分の金員を、第一審原告小林に対し、各自金二六七万二、〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年三月一四日から支払済に至るまで年六分の金員を、それぞれ支払え。

第一審被告稲本の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、すべて第一審被告両名の連帯負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一第一審原告両名が訴外株式会社靴進商事に対して有する債権

一第一審原告桑原主張の金二三六万一、八五〇円の売掛代金債権の存在については、第一審被告両名がいつたんこれを自白した後、これを一部撤回し、原判決別紙婦人靴売掛残明細表の昭和四八年八月一一日分、同月一七日分、同月一八日分の三口合計金三三万円だけを認め、その余の買掛金債務については約束手形で支払済である故否認すると主張するに至つたが、右自白の撤回の主張は、買掛金債務について約束手形を振出してあり、第一審原告桑原が右約束手形を他に譲渡して対価を得た以上買掛金債務は消滅しているとの言分につきると解される。およそ買掛金債務の支払のため手形が振出され、手形債権と原因債権とが併存する場合、所持人が手形を第三者に譲渡して対価を得たからといつて当然に原因債権が弁済により消滅するものではなく、手形金が支払われるか遡及権保全手続の懈怠により遡及権を行使される虞れがなくなつたときに初めて消滅すると解すべきものであるところ、第一審被告両名は右の事実の立証をしないから、同被告らの主張はその点で既に失当であり、当審における第一審原告桑原の本人尋問の結果によれば、同原告は、原判決別紙売掛残明細表の債権の支払のため振出された約束手形は不渡のために買戻して所持していることが認められ、第一審被告両名の買掛債務消滅の主張は容認できない。結局、同被告らの先の自白が真実に反したことを認めるに足りる証拠はないから、右自白の撤回を許容することができない。

二第一審原告小林主張の請求原因第三項(1)の売掛代金債権金九〇万円の存在は、<証拠>により認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三第一審原告小林主張の請求原因第三項(2)の貸金債権金一八五万円の存在は、第一審被告両名がいつたんこれを金一五五万円の限度で自白した後、これを一部撤回し、<証拠>の各約束手形分合計金一二五万円だけを認め、<証拠>の各為替手形分合計金六〇万円について貸付金でないから否認すると主張するに至つた。第一審被告稲本は、原審における本人尋問(第二回)において、<証拠>の各為替手形が訴外会社の第一審原告小林に対する貸付のため振出されたものである旨を供述しているが、前掲の第一審原告小林の供述によれば、<証拠>の為替手形は、<証拠>の約束手形と同様、同原告がこれを訴外斎藤譲一ないし同海老原旗男のところへ持参して割引いてもらい、その割引金を訴外会社に交付して右手形金額で貸付けたことにしたものであることが認められるので、第一審被告稲本の右供述部分はたやすく措信できない。他に右自白が真実に反することを認めるに足る証拠はないので、同自白の撤回を許容することができない。

そうすると、当初の金一五五万円の貸付金債権存在の自白は、第一審被告両名が現にその借受と認めている<証拠>の各約束手形金の合計金一二五万円のほか、<証拠>の各金三〇万円の為替手形金のうち、いずれか一方を加えたものと考えられるところ、右認定事実によれば、残る一つの為替手形に対応して第一審原告小林が訴外会社に対して金三〇万円の貸付金債権を有するものと認められるから、結局先の自白分とを合わせ、同原告は訴外会社に対し請求原因第三項(2)の金一八五万円の貸付金債権を有していたというべきである。

四第一審被告両名は、第一審原告らが、右の売掛金債権ないし貸付金債権の支払ないし返済のため訴外会社より交付を受けた手形を他に譲渡して対価を得た以上その原因債権である右各債権も消滅したと抗弁するが、第一審原告桑原の売掛金債権に関して右主張に理由がないことは第一項に判示したとおりであり、第一審原告小林の売掛金債権及び貸付金債権に関しても、同様の理があてはまるうえ、前記の同原告の本人尋問の結果によると、同原告が甲第一ないし第八号証の手形を受け戻して現に所持していることが認められるので、右各債権が消滅しているものでないことは明らかである。

五次に、第一審被告両名の和解の主張について判断する。

<証拠>によると、訴外会社が昭和四八年八月二一日頃手形を不渡にして倒産したので、同月二五日第一審被告徳間方で第一審原告ら出席のもとに債権者集会が開かれたこと、その席において第一審被告稲本は、事実上の経営責任者として、訴外会社の代表取締役である第一審被告徳間を代理し、訴外会社の売掛代金債権及び在庫商品すべてを債権者に譲渡する旨の譲渡書二通を作成し、これを債権者委員会委員長になつた第一審原告桑原に訴外会社の印鑑、小切手帳、帳簿等とともに交付したこと、右譲渡にかかる売掛代金債権は、第一審被告稲本や訴外会社の社員が回収にまわり金一七〇万円位回収したこと、また譲渡にかかる在庫商品は第一審原告桑原らにおいて処分したが、時季はずれの品物になつていたので金五〇万円くらいにしか売却できなかつたこと、右の回収金及び売却代金から債権回収のための旅費、訴外会社の従業員の給料、電気代、電話代などを支弁したうえで残りを各債権者に分配したこと、右の私的整理の結果最終的に第一審原告桑原は金七万六、〇〇〇円、同小林は金七万八、〇〇〇円の債権弁済を受けたことが認められ、第一審被告稲本の供述中右認定に反する部分はたやすく措信できない。なお同被告の供述中には、同被告が右の売掛代金及び在庫商品を債権者に譲渡したことによつて訴外会社の残余債務が一切清算ないし免除されるものと思つていた旨の供述があるが、債権者側でその旨を了解していたことその他第一審被告らの主張事実を認めるに足る証拠はない。

右のとおりであるから、第一審被告両名主張の和解契約の成立を認めることができない。

六さらに第一審被告両名の弁済の主張について判断する。

前記五に認定した事実によれば、訴外会社の売掛代金及び在庫商品の第一審原告らへの譲渡が、第一審原告両名の訴外会社に対する債権に対する代物弁済に相当するものではないことは明らかであり、前記私的整理の結果、第一審原告桑原が分配を受けた金七万六、〇〇〇円、同小林が分配を受けた金七万八、〇〇〇円のみが、原審原告らの前記売掛金債権ないし貸付金債権の弁済に充当されたものというべきである。

また第一審被告両名は、第一審原告桑原が訴外会社が第三者に納めていた敷金を取立て回収したとか、訴外会社より支払手形として受けとつていた訴外清水覚雄振出の約束手形の支払を受けていると主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、第一審被告両名の弁済の主張はいずれも認めることができない。

七以上によれば、訴外会社の倒産によつて取立不能になつた第一審原告両名の債権額は、第一審原告桑原につき金二二八万五、八五〇円、同小林につき金二六七万二、〇〇〇円となる。

第二ところで、第一審原告両名は、訴外会社から右の債権の弁済を受けられなかつたことにつき、第一審被告両名に商法二六六条ノ三による損害賠償責任があると主張するので、その点につき判断する。

一<証拠>によると、訴外会社の経営状況、倒産に至る経緯は次のとおりであることが認められる。

第一審被告稲本は、もと実父の経営するマルヤス株式会社という靴卸商に専務取締役として勤めていたが、昭和四四年末同会社が倒産したので、昭和四五年八月訴外会社を設立し、妻の父で資力も信用もある第一審被告徳間を代表取締役に迎え、自ら取締役に就任し、訴外会社の営業全般を実質的に取りしきつた。訴外会社は、資本金一〇〇万円、従業員が第一審被告稲本のほか販売員二名、雑役事務員一名、仕上加工員一名の小規模ないわゆる個人会社であり、その営業内容は婦人靴を主とする靴卸商で、第一審原告らメーカーから仕入れた製品、あるいは半製品を加工したうえで、中部、中国、四国方面の小売商に卸売するものであるが、その方法は、見本を仕入れて年二回熱海のホテルで小売業者の接待を兼ねた展示会を開き、その時の受注数によつて仕入数を決定しメーカーに発注する方法及び第一審被告稲本や販売員らによる訪問受注の方法であつた。訴外会社の経営は、開業してから一年間位は取引上の信用力がついていないため経費に見合うだけの取引額がなく累計で金七〇〇万円位の赤字であり、昭和四七年前半は黒字収支のときもあつたが、同年後半から昭和四八年前半は取引はあるものの、商品の需給のアンバランス及び仕入代金の支払と売掛代金の回収の回転のづれによつて営業資金の枯渇をきたし、昭和四七年は年間を通じ金五〇〇万円位、昭和四八年前半は金五〜六〇〇万円の欠損を続ける状態であつた。すなわち、訴外会社自体まだ弱体で業界における地位も低く、第一審被告稲本に対する信用もなかつたので、より良いメーカーを選択をすることができず、メーカーからの納品が遅延することが少くなく、遅延してもその受領を拒絶したり値切つたりすることができなかつたのに対し、展示会などで注文を受けた小売業者に対しては受注時の値段で売ることができず、また、東和製靴、日進製靴等仕入先が倒産し、そのメーカーの商標のある商品を小売業者に投げ売りするほかなくなつて欠損を生じた。昭和四八年初め頃の経営状態は、月々の売上額が金四〇〇万円から金四五〇万円に過ぎないのに仕入代金の支払額が金三五〇万円から金四〇〇万円にも達し、人件費の支払にも窮するようになつていたが、それでも人件費や手形決済資金を、第一審被告徳間や同稲本の母親等からの借金で手当し、営業を続けていた。ところが、同年三月に第一審被告が交通事故で入院したこともあつて経営上の悪条件が加わつていたところ、同年八月には入金を予定していた大口の売掛金の回収が不可能となるに及んで、第一審被告徳間らからのつなぎ資金の融通も見限られ、同月二一日満期の手形を不渡にし、訴外会社は倒産するに至つた。

当審における第一審原告桑原の供述中、右認定に反する部分はたやすく措信できない。

二<証拠>によると、第一審被告稲本は、訴外会社の信用がないため同会社振出の手形では取引先に渡しても割引できず、取引先から決済方法として商業手形(廻り手形)の裏書交付を求められたので、同会社の手形を第三者振出の商業手形に偽装するべく、前記マルヤス株式会社の番頭をしていた訴外竹内義男の了解を得たうえで、昭和四五年九月頃東京相互銀行梅島支店に右竹内の息子である竹内稔名義の当座預金口座を開設したこと、右口座開設当時竹内稔は学生であつて、後に日本製靴に勤務するようになつたものの、爾来訴外会社の取引に関与したことは一度もなく、「マルサンシユーズ代表竹内稔」という振出人名義で振出された約束手形は、実際は訴外会社の振出した約束手形にすぎなかつたこと、訴外会社は右の竹内稔名義の口座で倒産直前の昭和四八年八月一七日まで商売上同口座を利用し、第一審原告桑原の訴外会社に対する前記売掛残代金のうち金一八四万七、二六〇円は右の「マルサンシユーズ代表竹内稔」振出名義の約束手形で決済されることになつていたが訴外会社の倒産で結局不渡になつたこと、第一審被告稲本は竹内稔のことを靴業界で知名のスタンダード製靴の部長職にあつた者であると説明したことがあることが認められ、第一審被告稲本の供述中右認定に反する部分はたやすく措信できない。

三前掲の第一審被告稲本及び第一審原告桑原の各供述によると、第一審被告徳間は、実子と共に鉄工場を経営している者であるが、訴外会社設立当時既に七五歳位の老人であつて、訴外会社の代表取締役であるといつても、店に来たことも、前記靴展示会に出席したのも一度位あつたにすぎず、営業活動に携わることはなく、訴外会社の代表取締役の印鑑等も第一審被告稲本に預けてその業務一切を任せきりにし、ただ同会社の経理上、営業資金や手形等決済資金が不足すると時折その面倒を見ていたこと、その融通した資金の額は金一、一〇〇万円から一、二〇〇万円位になつていたこと、第一審原告らは訴外会社の経営を切りまわしているのが第一審被告稲本であることを認識していたが、同会社と取引するについては同被告の言辞もあつて第一審被告徳間の個人的資力や信用力に期待を寄せていたことが認められ、第一審被告稲本の供述中右認定に反する部分はたやすく措信できない。

四右の各認定事実によれば、訴外会社の昭和四八年に入つてからの経営状況は、取引は相当にあるものの、商品の需給回転の均衡がとれないため利益があがらず、収支が償わないで累積赤字が増加しつつあつたが、営業資金や手形決済資金を第一審被告稲本の個人的関係先からの借金で補充してかろうじて営業を継続する状態であつたこと、訴外会社の右のような経営状況が近い将来好転すると見込むべき事由は格別に存在せず、第一審被告徳間らからの融資が打ち切られれば、同会社がたちまち仕入代金等の支払・手形の決済に窮し倒産することが充分に見込まれたこと、しかるに第一審被告稲本は無限の援助は期待できない第一審被告徳間らの融資をあてにして、なんら経営の合理化をはかることなく、営業資金の終局的枯渇をきたすまで、漫然従来通りの取引を続けていたことが認められる。そして、第一審被告稲本が第一審原告両名に対する仕入代金や借金の支払のため、少くとも昭和四八年三月以降に振出した約束手形あるいは支払引受した為替手形については、第一審被告稲本が業務担当取締役として満期における支払の不能を予見しえたのに、その振出あるいは支払引受をして取引したものと認めざるをえず、同被告が訴外会社の倒産直前まで手形を決済する努力をしてきたとしても、右の判断を左右するに足りない。以上の事実を総合すれば、第一審被告稲本は取締役として重大な過失があるものというべく商法二六六条ノ三に基き、第一審原告両名に損害を賠償すべきである。

五また、前記三の認定事実によれば、第一審被告徳間は、訴外会社の代表取締役として取締役である稲本に会社の業務一切を任せていたものとはいえ、訴外会社の営業資金や手形決済資金の面倒を見ていたもので、資金の融通をするに当つて稲本から訴外会社の経営の実情の報告を何回かにわたり受けていたものと推認され、また対外的には自己の信用が訴外会社の信用につながつていることを承知していたものと認められるから、単なる名目上の代表取締役であるとはいい難いうえ、およそ訴外会社の代表取締役に就任すること自体を承諾し、かつその登記を経ていたものである以上、事実上同会社の経営にあまり関与していなかつたとしても第三者に対してその実質的内部関係を主張して代表取締役の責任を免れることは許されない。結局、第一審被告徳間は、稲本に訴外会社の業務の一切を任せきりにし、その業務執行になんら意を用いないで、ついには取締役稲本の前記のような任務懈怠を看過するに至つたものであるから、自らも商法二六六条の三により第一審被告稲本と同一内容の損害賠償責任を負うと解すべきである。

第三そこで、第一審被告両名のその余の主張について判断する。

一第一審被告両名は、訴外会社の私的整理に際し債権者らに譲渡された訴外会社の売掛代金債権及び在庫商品の管理が不充分で、債権の取立が充分にできず、在庫商品も不当に安く処分したうえで、なお第一審被告両名の個人責任を追求するのは権利の乱用であると主張する。第一審原告らは右の主張は時機に遅れた攻撃防禦方であるとして却下すべきものというが、右主張はそのために新規の証拠調を必要としたわけでなく、訴訟の完結を遅延せしめるものと認められないから、却下すべきでない。しかしながら、訴外会社の帳簿類が失われ、それが第一審原告桑原らの責に帰すべき原因によること及び訴外会社の売掛代金債権の取立がそのために不充分になつたこと、右の取立が完全にできなかつたことが第一審原告桑原らの責に帰すべき何らかの事由に基くものであることなどいずれの事実もこれを認めるに足りる証拠はない。また、前記在庫商品の処分についても、前掲第一審原告桑原の証言によると、訴外会社より債権者らが譲渡を受けた在庫品はその当時処分するには既に時季遅れの商品になつており、安く換金処分せざるをえなかつたこと、従つて右は不当廉売処分ではなかつたことが認められ、右認定に反する第一審被告稲本の供述部分(当審分)はたやすく措信できない。そうすると、右の権利の乱用の主張はその前提を欠き到底容認することができない。

二また、第一審被告両名は、第一審原告らに取引上の調査不充分及び倒産後の右在庫商品の不当処分による損害の拡大があつたとして、前記損害賠償について過失相殺をするべきであると主張する。しかしながら、訴外会社は、株式会社といつても、実質的には第一審被告らの個人企業であり、取引の相手方がその営業の内情や資金情況を確知することは困難であり、主として経営者個人の人格や、外見上の個人的資産に信用を置いて取引するのが通常であるところ、第一審原告らは第一審被告徳間の個人的信用により訴外会社と取引したものであること、第一審被告稲本も取引上右徳間の個人的信用を積極的に利用したことは前記のとおりであり、また第一審被告稲本は、実のない他人名義の当座預金口座開設し、偽装した商業手形を裏書交付して取引を継続せしめたものであるから、訴外会社が第三者との取引もあり売掛金の回収も順調に推移しており、振出人たる第三者から手形金の支払を受けられるものと誤信させていたものと推認されるから、原告らが訴外会社の経営状況について充分に調査していなかつたとしても、右事実関係のもとでは、第一審原告らに取引上の過失があるということはできない。また訴外会社の倒産後に第一審原告らがなした在庫商品の売却処分が不当に廉価なものであるといえないことは前記説示のとおりであるから、これを前提とする過失相殺の主張も容認することができない。《以下、省略》

(外山四郎 篠原幾馬 鬼頭季郎)

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